被害者の申告なしに警告が可能となったとしても...|ストーカー規制法の改正を検討

「警察庁が、申告なしでも警告ができるように法改正を検討している…」という内容の報道を見ました。警察官が積極的にストーカー事案に介入できる環境づくりに取り組むことは非常に良いことだと思います。

警察の写真

では、この「申告なしに警告ができる」について、本当に効果が期待できるのかどうか考えてみました。

1.警告とは

まず、この報道にある『警告』と皆さまが認識している『警告』との間に相違があるかもしれませんので、そこから説明します。皆さまが認識している『警告』は、警察から加害者に対し、『こらっ。だめだぞ。』と注意することだと思われているかもしれません。しかし、報道の『警告』はもっと厳格なものです。

ストーカーは、刑事処分と行政処分(指導)の対象となります。刑事処分は、皆さまが知っているとおり逮捕などで検挙することです。刑事処分の場合は、拘禁刑や執行猶予、罰金などの刑事罰に向かって走っていきます。

もうひとつ、行政処分(指導)というものがありますが、これは、警告や接近禁止命令のことであり、今回報道されている『警告』は、行政手続き上の警告を指しているものと思われます。ストーカー規制法にいう第4条の部分です。

この警告は、条文に『警告を求める旨の申出を受けた場合において、・・・・・・警告することができる。』と記載されているとおり、被害者からの申し出を受けた場合にのみ可能なものでした。

一方、ストーカー規制法第5条にある禁止命令等は、『その相手方の申出により、又は職権で、・・・・・・命ずることができる。』と記載されているとおり、被害者からの申し出以外にも、職権で命令することができます。今回の報道は、禁止命令に準ずるような形で、被害者からの申し出なしに職権で『警告』ができるようになるといったものです。

なので、ここにいう警告とは、警察が『警告書』という正式な文書を加害者に交付し、警告をすることとなります。

よって、皆さまが認識されていた『警告』は、口頭での指導に過ぎず、ストーカー規制法に則ったものではありません。路上で殴り合いのけんかをしていた両名に、『もうトラブルを起こすなよ』などと言って注意するものと位置づけはまったく変わりません。

2.ストーカー行為の刑事事件化

ここに言う『警告』について正しく理解していただきましたので、話を戻し、本当に効果的なものであるのかどうかについて検討します。

ストーカー事案を認知した時、最優先して検討することは刑事事件化です。加害者の身柄を拘束することで被害者の安全は絶対的に保たれます。

ストーカー事案であっても、加害者がストーカー行為をするために、無断で家に入ったのであれば住居侵入であるし、被害者所有の物品を壊したのなら器物損壊となる場合もあります。ストーカー事案とはいえども、必ずしもストーカー規制法違反のみが検討されるわけではないことをお知りいただきたいと思います。反対に言えば、これまで報道された住居侵入などの逮捕事案のうち、実際はストーカー事案が背景にある場合も存在するということです。

但し、ストーカー事案を認知したからといって必ずしも刑事事件化できるかと言えば、そうではありません。ストーカー規制法の罰則は、『ストーカー行為をした者は、・・・・・処する。』と定められています。ストーカー規制法に定める『ストーカー行為』とは、つきまとい等又は位置情報無承諾取得等を『反復して』することをいいます。要するに、つきまとい等を2回以上繰り返してはじめてストーカー行為となるのです。ですから、ストーカー規制法上では、『今日の帰り、職場の前で元カレから待ち伏せされた。』という1回の行為では、それはまだストーカー行為とはならず、ストーカー行為に発展する前段階にしかすぎません。そのため、ストーカー規制法違反として刑事事件化するためには、事案を認知した段階において、つきまとい等の行為が2以上なければならないのです。

3.警告の現状

そこで、次に検討するのが禁止命令という行政処分です。主に加害者への行政手続きには、行政指導である警告と行政処分である禁止命令つがあります。行政手続きは、ストーカー行為しか処分対象とはならない刑事事件とは違い、単発のつきまとい等も対象となります。また、行政処分は刑事事件と並行して進めることができます。

それでは、禁止命令と警告はどちらを適用するのが適切でしょうか。禁止命令と警告の大きな違いは、法的拘束力の有無です。ほかにも被害者が不安を覚えたかどうかなど、多少の違いはありますが、禁止命令は、法的な拘束力を与える行政処分のため、厳格な判断が行われます。

これまでの体感的には、警告自体は、決して多いとは言えません。その理由は、禁止命令の行政処分を行った方が絶対に効果的だからです。それでも、警察から文書で警告されれば、ほとんどの加害者は、自分の言動が現在のつきまとい行為に該当すると自覚し、つきまとい行為を中止します。

そして現在は、警告をするためには、禁止命令とは違い、被害者からの申告が必要であるので、必ず被害者の同意がなければ警告できません。今回の改正案は、その被害者の同意を得なければ警告できないという壁を無くそうという動きです。

その動きを受けて現場の警察官はどう思っているでしょうか。ここからは個人的な憶測ですが、良くも悪くもあまり影響はなく、対応に変化はないと思います。もちろん、警告の件数は増えるでしょうが、それが加害者への効果としてどこまであるのかという面では少し疑問が残ります。また、被害者が望んでもいないのに警告することは、とてもリスクがあると思います。

4.警告は本当に効果的なのか?

正直な話、被害者の安全を保つことができれば、その対応が正解となります。反対に、被害者の安全を損なうことがあれば、その対応は不適切となります。

被害者が望んでいない場合でも、リスクを冒して、禁止命令という行政処分を科すことは法的拘束力もあり、加害者の検挙に向けた積極的な対応だと思うので、個人的には賛成です。報道にもあるとおり、被害者はなかなか同意してくれない場合が多く、必要な処分を行うことも難しい場合があります。しかし、それは、被害者の安全を守るための対応であるため、リスクを冒す場面であると思います。

一方、警告は非常に難しい判断となります。被害者が望んでもいないのに、リスクを冒してまで、法的な拘束力も何もない警告という行政指導をすべきかどうか、果たしてそれが被害者の安全を守ることに繋がるのかは大きな疑問です。

あなたが警察官という立場で考えてみてください。被害者から『警察からは相手に何も接触しないでください。絶対に逆上します。私は一緒にいたから性格を分かっています。』などと言われた場合、どのような対応をとるでしょうか?被害者の意向に沿うことなく、危険性が高い事案という理由で、相手方に警告しますか?被害者の意向に沿って、加害者に何も接触しませんか?

結論、被害者が安全であればその対応が正解なので、どちらかの選択肢が失敗になる可能性もどちらの選択肢も正解の場合もあります。しかし、そのくらい危険な事態に陥っていれば、禁止命令という行政処分をするはずです。わざわざ、リスクを冒してまで、警告をする理由が分かりません。

5.まとめ

今回の警告に関する改正案については、正直、本当に効果的なのかどうかがよく分かりませんが、現状の警告制度自体を変更する可能性もありますし、もっともっとストーカーに詳しい有識者の方々が改正されると思うので、当事務所なんかが心配する必要はないとは思います。

警察官時代の経験を語ることは非常に難しい部分が多いですが、現状の法律を踏まえ、今回の改正案について述べさせていただきました。

ストーカーに関するお悩みがあれば、多少のアドバイスはできますので、これはストーカーなのか、警察に行く前に少し聞いてみたいなどございましたら、ご相談ください。ご相談は無料です。皆さまのご安全を守れたら嬉しいです。